2009年05月31日

秀吉が天下を任せてみたい漢達(第六回)

いつの世も戦争は沢山の人々の人生を変えました。

『関ヶ原の戦い』


この戦もその一つだったことでしょう。


『関ヶ原の戦い』がなかったら

どんな世の中になっていたのでしょう?


そんな歴史上に沢山存在する戦いの中で

日本の進むべき道を変えた戦いの一つだったのでしょう。

それが

『関ヶ原の戦い』


その戦いの

きっかけを創ったのは

直江兼続であり



石田三成の決断により

『関ヶ原の戦い』は始まりました。


そして

その用意された舞台で見事に演じきったのが

徳川家康だったのかもしれません。


下野国小山にいた

家康は一転して

上方に向かおうとします。


これを絶好の機会と観たのが

直江兼続でした。

『追撃しましょう』

と主君・上杉景勝に進言します。

しかし

この時、景勝は動きませんでした。



三成と兼続の

『密約』があったという説もあります。

もし密約があったとしたら景勝も承知していたと想います。


それでも

背後に

出羽の強者・最上義光(もがみよしあき)



奥州の覇者・伊達政宗が上杉を牽制していました。

更に家康の去った地には

家康の次男である

結城秀康(ゆうきひでやす)が上杉に備えていました。


結城秀康

彼は家康の次男であり

秀吉の養子として成長しました。

実質的には人質でしょう。

秀康の『秀』は秀吉から貰ったものです。

しかし

秀吉に鶴松が誕生すると

秀康は関東の名家・結城家を継ぐ事になりました。

秀吉が秀康を体よく

追い出したように想えます。

家康の子である彼に天下を任せたいとは

間違っても想わなかったのでしょうね。


『結城秀康』

   彼の人生も波乱の人生だったと聞いています。


最近では

鬼武者』というゲームの主人公にも取り上げられています。

漫画『花の慶次』にも登場しております。


さて

話を戻しますと


北と南から挟まれていた上杉家


それ故に

景勝は動けないと想ったのでしょうか?

兼続の考えはどうだったのでしょう?


以前、何かの書物で読んだ事のある話ですが

徳川を追撃した時に

領地の会津を取られたら

『そのまま江戸に攻め込み居城としたらいい』

と兼続が言ったとか、言わないとか?


今想うと

上杉が江戸を取るのは無理がある気もします。

逆に

政宗あたりが会津を取るとなると話は別です。

以前、短い間でしたが統治していたわけですし。


恐らく

兼続も自重せざる負えないと想ったのではないでしょうか。

三成との約束や夢を追うよりも

『現実にある状況』に対して動かざる負えなかったのでしょう。

そして

上杉家は最上領を攻撃します。

 上杉と最上

  あまり仲が良くなかったようです。

兼続は大軍を率いて

『長谷堂城の戦い』など攻撃を仕掛けるが

攻略出来ずにいました。


そんな時に

一報が届いたのです。


『関ヶ原にて徳川家康大勝利の報』

           『一日で終わりました』


兼続や景勝、上杉家に

その報告が届いたのは

関ヶ原の戦いが終わって

二週間後の事でありました。

その時

兼続は

『盟友・石田三成の死』も知ったのでしょう。





秀吉と家康―関ヶ原と戦国武将の興亡

秀吉と家康―関ヶ原と戦国武将の興亡





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posted by よしの at 21:06| 千葉 雨| Comment(1) | TrackBack(0) | 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
白河合戦に備えて、佐竹義宣軍2万4千、上杉軍五万余りとすれば、合計7万5千以上。
一方 家康軍は7万8千余りとするならば、ほぼ同数である。
しかし、佐竹氏は家康反転の後、上杉軍とは行動を共にしていない。
父・義重が、佐竹家の改易を恐れて息子・義宣氏を止めたと聞きます。
だとするならば、5万の兵では家康軍を追うには人数が足らない。
やむなく最上や伊達、堀氏(遺民一騎を支援する)ら東軍方と戦う。
 以上と推測出来ます。
しかし関ヶ原後、兼続や上杉家は、その事を言わない、言い訳はしない。
だから後世、兼続の責任にされる。
ちなみに佐竹氏は、東軍にも付かなかった為、常陸から秋田に減封されます。(秋田藩の祖となる)
Posted by 上杉討伐 at 2009年12月19日 11:36
上杉討伐様
ありがとうございます。
勉強になります。
鬼と呼ばれた佐竹義重も流石に動くのを得策でないと想ったのでしょうね。
その辺の想いは上杉景勝と似たものがあったかもしれませんね。
Posted by 勝海舟 at 2009年12月21日 22:59
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