2008年02月20日

大不忠の忠義 加藤清正(前編)






































加藤清正が石田三成と仲が良かったら、豊臣家は別の方向に進んだか

もしれない。余程、三成が憎かったのだろうか?

関ヶ原の戦いで徳川家康の味方をしたという事がどういう事だったか

彼には判っていたはずである。

徳川家康が天下を狙っていたことなどは絶対に彼は気付いていた事だ

と想う。

それにも関わらず、徳川家に味方した事は結果的に豊臣家の天下を揺

るがし、滅亡への道を進めた事になったのである。

もっと大局を見て三成の事や家康との対応に当たることはできなかっ

たのだろうか。もちろん家康が、巧みに清正を口説いたのは間違いな

いだろう。

だが、後世においても名君と言われるほどの武将である加藤清正が

徳川家康に味方した事は清正自身、生涯悔やんだ事であったかもしれ

ない。

関ヶ原の戦いでは直接参戦はしていないが九州では西軍の諸城を落と

すなどの武功を挙げる。

その結果、戦後には小西行長の旧領を加増され、五十二万石の大大名

になる。

加藤清正は、戦闘指揮官としても領国経営の統治者としても

優秀な武将であった。

しかし調略や謀略においては徳川家康の方が一枚も二枚も上であった

それくらい、清正の性格は元々純粋であったのかもしれない。

家康も、その清正や福島正則の純粋さを利用したのであろう。

明日は、加藤清正の様々なエピソードについて書きたいと想います。
posted by よしの at 20:35| 千葉 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 戦国時代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは〜
ラリー・ウィリアムズの本も
良いですよ〜
今 一番 参考にしてます〜
Posted by いづみ at 2008年02月20日 21:40
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